東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)160号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実及び四のうち事実関係に関する部分はいずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。
1 取消事由(1)について検討する。
(一) 同(一)について
本件明細書の発明の詳細な説明の項に原告引用の各記載があることは当事者間に争いがない。そして、成立に争いがない甲第二号証によれば、本件明細書には、波乗り板と円柱と三角形の帆とブームを主要な構成部分とする本件発明の一実施例が図面に基づいて説明されていることが認められ、この実施例の説明と図面ならびに前記記載によれば、右実施例における波乗り板のように、本件発明の対象とする舟又は陸上乗物を使用する者を支える乗物の主体となる部分を他の部分例えば右実施例における帆やブームの部分と区別するために「本件装置」と表現していることが認められる。審決の指摘する「本体」も「前記風力推進装置は乗物の本体に枢着した円柱と、これに取付けた帆とを包含している」(甲第二号証本件公報二欄三〇・三一行)との文脈から明らかなように右本体装置と同じに解される。また、審決の指摘する「本体部」が前叙の実施例の説明において波乗り板を指称するものとして用いられていることは前掲甲第二号証から明らかである。
(二) 同(二)について
原告引用の本件明細書の記載(この記載があることは当事者間に争いがない。)によれば、本件明細書には、「風力推進装置」の語が、狭義においては特許請求の範囲の「前記本件装置と旋回可能に協働し且つ推進力として風を受け入れるようになつた風力推進装置」を意味するものとして用いられ、広義には、特許請求の範囲の「……を特徴とする風力推進装置」のようにこの狭義の推進装置と本体装置とからなる本件発明の装置全体を意味するものとして用いられていること、また、「風力推進機」の語が広義の風力推進装置を指すものとして用いられていることが明らかである。明細書に用いる用語は明細書全体を通じて統一して使用すべきことは特許法施行規則の要求するところであり、本件明細書の右用語の用い方がこれに反することは明らかといわなければならないが、本件明細書においてはその文脈から「風力推進装置」の語が広狭いずれに用いられているかは判然としているのであるから、審決のいうように「それらの意味の相違又は構成上の関連が不明瞭である」とすることはできない。
審決がその理由ⅳ3(1)b2ないしb4で不明瞭であると指摘する本件明細書中の各記載は、風力推進装置の意味を右のように理解し、かつ、右各記載の置かれた文脈の中においてこれを読めば、原告が主張するとおりその意味が理解できると認められる。審決の右判断は直ちには首肯できない。
(三) 同(三)について
審決が指摘する「前記風力推進装置の位置は使用者によつて制御することができ且つこのような制御を行わないとき旋回抵抗力が殆んどなくなる。」との記載が、特許請求の範囲の「前記推進装置の位置が前記使用者によつて制御でき、前記推進装置が使用者の不在のとき旋回防止力を失う」との構成に対応するものであることは審決の認めるとおりである。
しかし、前掲甲第二号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明中本件発明を一般的に説明する部分に「前記風力推進装置は乗物の本体に枢着した円柱と、これに取付けた帆とを包含している。」(本件公報二欄三〇・三一行)、「本発明は殆んどすべての操縦とかじとりを帆を通じて行い、かじやその他の操縦機構を設けても良いが無くてもよい。帆をあやつることによつて加速も方向転換も上手回しを行うことができる。しかし乍ら帆は旋回自在になつているから使用者が帆を保持して船を安定させなければならない。突風又は激風時に使用者は帆を離せば、帆は直ちに風力を受けない方向に移動する。」(同三欄一一ないし一八行)との記載があることが認められる。これらの記載によれば、「帆をあやつる」ことが「前記風力推進装置の位置は使用者によつて制御することができ」に該当し、「帆を離せば、帆は直ちに風力を受けない方向に移動する」ことすなわち帆が風下の方に旋回してしまうことが「このような制御を行わないとき旋回抵抗力が殆んどなくなる」又は「使用者の不在のとき旋回防止力を失う」に該当することが明らかである。また、これらの記載は実施例の操作についての説明について原告の引用する箇所の記載からもその意味は十分に理解できるといわなければならない。
(四) 同(四)について
審決の指摘する「旋回自在に協働して」の記載が特許請求の範囲の狭義の風力推進装置についての「前記本体装置と旋回可能に協働し」の構成に対応するものであることは明らかである。
前掲甲第二号証によれば、右の記載は、本件明細書の発明の詳細な説明において、本件発明の構成を特許請求の範囲の記載と対応させて一般的に説明する部分の記載であり、この一般的説明の部分において「旋回自在」の意義を特別に定義した記載は見当らない。そして、「旋回」とは、審決も述べているとおり、通常は「ぐるぐる回ること」を意味する語であることは明らかであるから、右の「旋回自在」とは、右(三)で述べたところを考慮すれば、帆のような狭義の風力推進装置が本体装置の上面に垂直な軸まわりに自由に回ることを意味すると解して何の差し支えもないというべきである。こう解しても、発明の詳細な説明中の他の記載と矛盾する点はなく、特許請求の範囲の記載内容を不明瞭にすることはないと認められる。また、審決が不明瞭という「協働して」の意味が右の狭義の風力推進装置と本体装置の位置関係により風を推進力として受け入れることを示していることは、右に述べたところから明らかである。
なお、原告は、本件明細書において、本件発明の風力推進装置が乗物の上面に垂直な軸まわりに「回転自在」であると同時に、「起伏自在」である状態を「旋回自在」と表現していることは明らかであると主張するが、回転自在であるとともに起伏自在となるのは、発明の詳細な説明において、特定の実施例として説明されている「ユニバーサルジヨイント例えば三個の回転軸線を備えた接手」によつて狭義の風力推進装置を本体装置を結合した場合であつて、特許請求の範囲には、両装置を右のように結合することは記載されていないから、本件発明を右の実施例の構成に限定して解釈する理理はない。原告主張のように解さなくとも、「旋回自在に協働して」の意味が明瞭であることは前叙のとおりである。
(五) 以上のとおりであるから、本件明細書が特許法三六条四項に規定する要件を満たしていないとした審決の判断は失当である。
2 取消事由(2)及び(3)について検討する。
右1に述べたところからして、本件明細書の特許請求の範囲の記載に不明瞭な点はなく、その記載された事項はすべて本件発明の構成に欠くことのできない事項であると認められる。本件明細書が同法同条五項に規定する要件を満たしていないとした審決の判断は誤りである。
したがつてまた、本件発明の要旨は、右特許請求の範囲に記載されたとおりと認定すべきところ、審決は、これと異なつた構成のものとして本願発明の要旨を認定し、この認定を前提として本件発明が引用例の発明と同一と判断したものであるから、この判断が誤りであることは明らかである。
3 以上のとおりであるから、審決は違法として取消を免れない。
三 よつて、原告の本訴請求を認容する。
〔編註〕 本件における特許請求の範囲は左のとおりである。
使用者を支持するようになつた本体装置と、前記本体装置と旋回可能に協働し且つ推進力として風を受け入れるようになつた風力推進装置とを包含し、前記推進装置の位置が前記使用者によつて制御でき、前記推進装置が使用者の不在のとき旋回防止力を失うことを特徴とする風力推進装置。